この記事では株式会社カカクコムが運営する「価格.com」の事業戦略が優れていると考えられる理由を説明します。
ただし本記事の内容は、筆者の個人的な見解を多分に含みますことをご承知ください。
優れた事業戦略の条件
事業の収益性は「パワー関係」で決まる
別記事でも詳しく解説しますが、事業が儲かるか儲からないか(≒事業の収益性)は、売り手と買い手とのパワー関係で決まります。つまり、自社が顧客企業よりも相対的にパワーが強かった場合は収益性が高くなり、逆に弱かった場合は収益性が低くなるということです。
したがって、優れた事業戦略とは自社のパワーを強める戦略であるわけです。
では、パワーを強化する戦略とはどのようなものなのでしょうか?具体的には、以下の2点を兼ね備えている必要があります。
①顧客にとって、商品・サービスの必要性が高いこと
②顧客にとって、商品・サービスの希少性が高いこと
必要性と希少性どちらが欠けていても不十分
必要性と希少性のどちらかが欠けていると顧客へのパワーは弱いままです。
必要性が低い商品がそもそも売れないことは分かりやすいと思います。例えば牛を食べないヒンドゥー教徒の方がターゲットの場合、いくら美味しい牛丼が作れたとしても、牛丼は売れませんよね。これはヒンドゥー教徒にとって「牛丼」という商品の必要性が極めて低いためです。
また、必要性が高くても希少性が低い、言い換えれば代替性が高いことも顧客とのパワー関係が弱まる要因です。
具体例として飲料水を考えましょう。飲料水は人間が生きる上で必須のものなので必要性は極めて高いといえそうですが、「いろはす」が1本1万円なら買うでしょうか?おそらく別のミネラルウォーターを購入しますよね。
これは飲料水というものが、(少なくとも日本においては)希少性が低いため起こることです。
逆に言えば、飲み水が一切ない砂漠の中で1つだけ自販機があり、そこにいろはすが売られていたならば、1万円だとしても迷わずに購入するのではないでしょうか。
まとめると、事業の収益性を高めるには顧客にとっての「必要性」と「希少性」が重要であり、これを上手く作り上げていくことが事業戦略を考える上で極めて重要だということです。
では、「価格.com」はどのようにして「必要性」と「希少性」を構築したのでしょう?
価格.comの概要
本題に入る前に、ここでは価格.comの概要を説明します。
「もう知っているよ!」という方は読み飛ばしていただくことを推奨します。
価格.comはパソコンから始まった
価格.comはパソコンやAV機器、携帯回線サービスや保険サービスなど、様々な製品・サービスの価格情報を一元的にまとめ、比較できる価格比較サイトです。
元々は「CORE PRICE」という名のサービスであり、パソコンやその周辺機器の比較サイトでした。
「価格.com」は、1997年5月、槙野光昭氏によって開設されました。
大学卒業後、パソコン周辺機器メーカーへ入社した槙野氏は、秋葉原の電器店を回って製品の店頭価格を調べる業務の中で、「消費者は一番安い商品を探し、お店はライバル店の価格を知りたがる。誰もが価格情報を求めているのでは?」と、インターネットを通じて価格情報を提供するサイトコンセプトのヒントを得ます。
会社を退職後、試行錯誤した結果「価格.com」が誕生。連日手作業で価格更新を繰り返していましたが、翌1998年には、お店が価格をリアルタイム、かつ直接登録できる独自システムを開発。「Windows98特設掲示板」を設置し、ユーザー間で意見交換できるコミュニティの場をいち早く提供したのでした。
価格比較サイトの中で圧倒的なシェアを誇る
2024年において同サービスは価格比較サイトの中でも圧倒的なシェアを獲得しています。
下の表では2024年4月時点で存在する、主要価格比較サイトの月間pv数を示しました。
サイト名 | PV数 |
---|---|
価格.com | 9270万 |
最安値.com | 150万 |
比較.com | 23万 |
shoply | 540万 |
価格.comが大きく差をつけてトップですよね。価格.comは圧倒的なユーザー数を抱えており、同様のサービスで目立った競合は見られないことが伺えます。
価格.comのビジネスモデル
価格.comの収益源は、手数料と広告掲載料の二つに分かれます。
手数料収入に関してはWebサイト利用者が掲載店舗からのバナーをクリックした時点、あるいは掲載店舗において商品を購入した時点において報酬が発生する仕組みです。
例えばカメラを買いたいと思った消費者が、価格.com経由でヨドバシカメラのECサイトを訪れ、カメラを購入したとします。この場合、ヨドバシカメラのECサイトに訪れた時点、あるいはヨドバシカメラでカメラを購入した時点で手数料収入がカカクコムに入る、という仕組みになっています。
一方で広告掲載料はどのwebサイトでもよく見られる、ネット広告が該当します。脱毛とか漫画とかの広告って良く見ますよね。
広告掲載料収入の仕組みは二種類に分かれます。1つは、広告を掲載する期間に応じて報酬が発生するもの、もう1つは広告が閲覧者のブラウザ上に表示された時点、あるいは広告バナーをクリックした時点で発生するものがあります。
価格.comの必要性を高める戦略
では価格.comの必要性について、①消費者②商品・サービス販売企業の2つの観点から分析していきたいと思います。
一般消費者にとっての価格.comの必要性
第一に消費者にとっての、価格.comというサービスの必要性の高さを考えてみましょう。
「価格比較」を求める消費者は多い
価格.comの前身となるコアプライスが登場する以前、消費者はパソコンを「少しでも安く、納得して買いたい」という思いが強かったようです。実際、1990年代の消費者は、パソコンの価格を比較するために実店舗を何店舗も回る傾向にありました。
もちろん「安く買いたい」のも本音だと思うのですが、それ以上に「価格の妥当性を確かめて、納得して買いたい」という思いの方が強いのではないか、と私は考えています。
いくつもの家電量販店やパソコン専門店を回るのはかなり労力がかかりますし、より安い価格で売っている店がある保証もないのに探し回るのは一見非効率に感じます。消費者が本当に求めているのは「より安い価格」というよりも価格への「納得感、安心感」なのではないでしょうか。
買い物をする上で口コミの影響力は大きい
購買の意思決定を行う上で、価格情報だけでなく口コミ情報も求める消費者は多いようです。
実際、飯島(1995)は、口コミ情報が購買の意思決定に大きな影響を与える[1]ことを示しています。
入手困難な情報を提供することが最大の価値
このように消費者は、少しでも安く商品を購入するための価格情報や、満足のいく購買行動を行うための口コミ情報を強く欲していることが分かります。一方で、こういった情報を自身で収集すると、金銭的にも時間的にもコストが高くなってしまいます。
そのため、価格情報や口コミ情報を一元的にいつでも入手できる価格比較サイトの提供価値は大きいと考えられます。特にインターネットやスマートフォンの普及によってサイトへのアクセスがより容易になったことで、価格比較サイトの必要性・利便性は更に向上していったと言えるでしょう。
商品・サービス販売企業にとっての価格.comの必要性
第二に販売企業にとっての必要性の高さを考えてみましょう。いくら消費者が価格情報を求めていたとしても、販売企業が必要性を感じなければ価格.comはここまで成長しなかったはずです。
ここでは、中小の販売小売店と大手家電量販店の2つの立場から考えていきます。
かつては大手量販店のパワーが強い市場環境だった
ここでは価格.comの登場により、販売企業間での価格競争が激化し、企業の交渉力が低下していったという点を指摘する。
価格.com登場以前のPCや家電の小売店市場においては、ヤマダ電機やビッグカメラといった大手量販店の力が圧倒的だったことは想像に難くないと思います。ほとんどの消費者はPCや家電の購入時に大手量販店を利用していました。
また、大手量販店同士の価格競争はあまり激しくなかったと考えられています。価格競争が抑制されていた要因として大きいのが最低価格保証制度なのですが、詳細な説明はここでは省略します。
中小企業の集客において重要な役割を担うように
こういった状況下で価格.comは登場しました。
価格.comの必要性を真っ先に感じたのは中小の販売店でしょう。大手家電量販店と違って大きな顧客基盤を持たない中小企業にとって集客は重要な課題です。多くの利用者の目に触れる機会のある価格.comに掲載されることは大きな意味を持ったといえるでしょう。
価格.comの登場により価格競争が激化
「中小企業も集客できるようになって良かったね」で終わらないのが今回のケースの面白いところです。
先述したように、価格.comの登場によって消費者は簡単に価格情報を得られるようになりました。これはある意味情報の非対称性が解消された状況ですので、市場競争が激化します。
言い換えれば、消費者が価格の安い店舗を選択しやすくなったことで、各企業には価格を下げるインセンティヴがより強くはたらくということです。これは中小の販売店だけでなく大手量販店にとっても当てはまります。
消費者にとって価格.comの重要性が高まるほど、大手量販店にとっても無視できない存在となり、顧客離れを防ぐために価格を下げる必要性が生じます。すなわち、価格.comは販売店市場の価格競争を創り出したサービスである、と考えられるわけです。
販売店の価格競争が激化すると、当然各企業のパワーは低下します。相対的にカカクコムのパワーは上昇し、高い収益性に繋がっていくわけです。
手数料値上げも受け入れざるを得ない
このパワー関係の変化を象徴する出来事が2006年の手数料改定です。
2006年、カカクコムは掲載手数料を月額1万500円から10万5000円の固定課金制から、基本料金1万500円に加え、1クリックにつき15円が請求される従量課金制に切り替えました。
この変更は多くの企業にとって支払手数料が大幅にアップするものだったものの、各企業はそれを受け入れざるを得ませんでした。各企業の集客にとって価格.comが必要不可欠な役割を果たしており、カカクコムの交渉力が強化されていったことを示す事例といえそうです。
本章まとめ
以下、ポイントをまとめます。
価格.comの希少性を高める戦略
続いて価格.comの希少性が、Webサイト利用者と掲載店舗企業双方に取って高いものとなっている要因を考えてみましょう。前述したように、価格.comは他の価格比較サービスの追随を許さない圧倒的なアクセス数を誇っています。他の有力な競合サービスが存在しない以上、価格.comの希少性が高いことは明らかです。
では、なぜ価格.comの競合は存在しないのでしょうか。ここでは3つの参入障壁を考えてみます。
ユーザー数がサービスの強さに直結する
価格.comが他サービスの追随を許していない最大の要因は、ネットワーク外部性だといえるでしょう。
ネットワーク外部性とは、製品やサービスの価値が利用者数に依存していることを指します。つまりユーザー数が多ければ多いほどサービスの魅力度が上昇するということです。
一番身近なネットワーク外部性が効いているサービスがLINEです。皆さんがLINEを使っている理由は、「みんなが使っているから使う」のはずです。
(ネットワーク外部性の詳しい解説は以下の記事をご覧ください。)
同様に価格.comにおいては、多くの消費者や店舗企業が利用していることそのものがサービスの付加価値を生み、差別化要因として機能していることが考えられます。
例えば消費者にとっては、比較先企業が多いほど「なるべく安く商品・サービスを購入する」という目的を達成しやすいはずです。更にはサービス利用者数が多いほど、商品のレビュー数や掲載店舗のレビュー数も増え、比較検討がしやすくなるという利点もあります。
逆に店舗企業に関しても、サービス利用者数が多いほど集客効果が高まり、サービスの魅力度が向上する仕組みになっています。
価格.comのように消費者と企業をつなぐプラットフォームビジネスは二面市場と呼ばれており、二面市場においては強力なネットワーク外部性が働くことが指摘されています。
こういった状況下で新規企業が価格比較サービスに参入したとしても、圧倒的なユーザー数や掲載企業数を持つ価格.comに勝つことは相当困難になります。これが強力な参入障壁として機能していることが、有力な競合が出現しない最大の要因でしょう。
「差別化潰し」ができてしまう
価格.comに有力な競合がいない2つ目の要因は、同質化戦略による反撃が予測できることです。
新規参入サービスが「価格.comのシェアを奪おう」と考えた場合の選択肢として、機能面の差別化が考えられます。
全く同じサービスを提供してもネットワーク外部性が働いて負けてしまうわけですから、価格.comにはない機能や価値を提供することで差別化しよう、と考えるのは至極当然です。
しかし価格比較サイトのようなインターネットサービスにおいてはこれは上手く機能しない可能性が高いです。なぜなら、たとえ新規サービスが一時的に独自の機能でシェアを獲得したとしても、既存サービスはそれを模倣した機能を追加することで差別化要因を潰すような動きを取ることができてしまうからです。これを「同質化戦略」といいます。
このような機能面での同質化戦略による強力な反撃が予測できることが、参入障壁として機能しているといえるでしょう。
先行者利益
これらの希少性の源泉を辿れば、先行者利益によるものが大きいと言えそうです。価格比較サービスという新しいジャンルを誰よりも早く確立したことが今でも絶大な威力を発揮しているということです。
特にインターネット上のサービスにおいては、検索エンジン最適化(SEO)も大きな参入障壁となりえます。インターネットサービスにおいてGoogleやYahooなどの検索エンジンで上位表示されるかどうかはサービス利用者数に大きく影響します。
実際、seoClarity(2021)が実施した日本における検索順別のクリック率調査によれば、検索結果の表示順位が1位のページと2位のページでクリック率6.42%の差が見られることが明らかになっています。
一般にSEOの強さはコンテンツの質だけではなく、コンテンツ量や被リンクの数などにも影響されるといわれています。したがって、価格比較サービスの先行者である価格.comを、新規参入サービスが検索順位で上回ることは困難であると予測されます。
撤退せざるを得なかった類似サービス
実際、歴史を振り返ると価格.comの競合サービスもいくつか存在していたのですが、いずれのサービスも価格.comの牙城を崩すことはできず、サービス内容の変更やサービス終了を余儀なくされました。
代表的なかつての競合サービスとして、株式会社digitalio(当時は株式会社アクシブドットコム)が2004年に開始した「ECナビ」やオセニック株式会社(当時はベンチャーリパブリック株式会社)が2001年に開始した「coneco.net」などの価格比較サービスがありました。
ECナビは独自のポイント制度を価格.comとの差別化要素として訴求していたものの、2007年にカカクコムもポイント制度を導入しました。
このような同質化戦略をとったカカクコムは、業界シェアトップとしての地位を守ることに成功しました。実際に、2009年6月時点の月間利用者数は価格.comが約1800万人であるのに対しECナビは約340万人と5倍以上の差がありました。
その後2013年、ECナビは自身のポジションを価格比較サイトではなくポイントを貯めることができるポイントサイトとして位置づけたサービスに転換し、価格比較サイトサービスからは実質的に撤退することになってしまいました。
coneco.netは扱う商品各分野に精通する人材を採用して担当者に据えることで、掲載情報量を増やした差別化を狙うなどの工夫も行っていました。しかしカカクコムも特集記事の作成や、飲食店特化の「食べログ」、旅行情報特化の「フォートラベル」などの専門サイトの運営をしており、大きな差別化要因とはなりませんでした。その後2013年にはヤフーに運営会社が買収され、2015年にはサービス終了となってしまいました。
実際に、2009年時点での平均月間利用者数は価格.comが2000万人を超えていたのに対しconeco.netは565万人と大きな差をつけられていました。
本章まとめ
以下、ポイントをまとめます。
おわりに
本ブログでは本記事のようなケーススタディに加え、各用語の解説記事を作成していく予定です。
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